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大相撲・元大関北天佑勝彦の素顔と家族の軌跡:端整なマスクの裏側、妻・栄美への愛、そして貴景勝との絆

鳴海 莉子 鳴海 莉子 • 更新: • 公開: • 読了約 9 分
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昭和の大相撲界において、甘いマスクと卓越した技量で多くのファンを魅了した元大関・北天佑勝彦(ほくてんゆう かつひこ)。北海道室蘭市出身で三保ヶ関部屋に所属し、角界のホープとして一世を風靡したその足跡は、今なお多くの相撲ファンの記憶に深く刻まれています。現役時代は東大関の最高位に上り詰め、四度の幕内優勝を果たすなど輝かしい実績を残しましたが、その華やかな表舞台の裏には、妥協のない美意識や家族への深い愛情、そしてのちに大関・貴景勝へと受け継がれていく温かな絆がありました。

本記事では、公式記録や家族・関係者の証言をもとに、北天佑勝彦の現役時代の活躍から知られざる素顔、そして次女・有希奈さんと貴景勝の結婚秘話に至るまで、その全貌を解説します。

北天佑勝彦のプロフィールと現役時代の偉大な足跡

北天佑勝彦

北天佑 勝彦(本名:千葉 勝彦、1960年8月8日 - 2006年6月23日)は、北海道室蘭市出身で三保ヶ関部屋に所属した大相撲力士です。現役時代の体格は身長183cm、体重149kg。突き、押し、右四つ、左褌、吊り、寄り、投げと多彩な技を誇り、土俵狭しと動き回るダイナミックな相撲で観客を沸かせました。実弟も角界入りし、九重部屋で富士昇の四股名で三段目まで昇進しています。

当時の角界において、北天佑はその端整なルックスから絶大な人気を誇りました。昭和の相撲界では珍しく女性ファンから「黄色い声援」が飛ぶほどのアイドル的人気があり、実力と人気を兼ね備えた数少ない看板力士として活躍しました。のちに年寄・二十山を襲名し、部屋を率いる親方としても後進の指導にあたっています。

北天佑勝彦の主な経歴と実績一覧

北天佑勝彦の現役時代から引退、そして後世に繋がる歩みを分かりやすく表にまとめました。

時期・年齢 主な出来事・実績 備考・詳細
1960年8月8日 北海道室蘭市にて誕生 本名は千葉 勝彦。血液型はO型。
三保ヶ関部屋入門 角界入りを果たし、メキメキと頭角を現す 得意手は突き、押し、右四つ、左褌、吊り、寄り、投げ。
最高位:東大関 幕内優勝を4回果たすなど、昭和の大相撲を牽引 甘いマスクで当時の女性ファンから熱狂的な支持を集める。
現役引退後 年寄・二十山(はたちやま)を襲名 二十山部屋を創設し、親方として弟子たちの育成に尽力。
2006年6月23日 逝去(享年45) 増位山大志郎(10代三保ヶ関)ら関係者や家族に多くの足跡を残す。

掃除に妥協なし!端整なマスクの裏にある素顔と教育方針

リング上の勇猛な姿とは裏腹に、北天佑の私生活における最大のこだわりは「徹底した清潔感」でした。ファッションモデルとして活動した経験を持つ次女の有希奈さんの回想によると、北天佑は非常に綺麗好きであり、自宅での掃除機やぞうきんの掛け方が甘いと、家族であってもやり直しを命じるほど妥協がなかったとされています。この美意識に対する厳しさは家庭内にとどまらず、二十山部屋の弟子たちに対しても一貫していました。

一方で、厳格な親方・父親であると同時に、子煩悩な一面も深く持ち合わせていました。子供たちの運動会の際には、部屋持ちの多忙な身でありながら弟子たちを引き連れてグラウンドに駆けつけ、ビデオ撮影を行ったり、玉入れや綱引きなどの競技に率先して参加したりするなど、温かな家族の思い出を数多く残しています。

また、北天佑は子どもたちに対して「妻である栄美(えみ)を一番大事に思うように」と常に言い聞かせて育てました。歌手の高田みづえが若嶋津との婚約発表後に初めて北天佑と対面した際、その車の助手席にいた美貌の妻・栄美を見て「すごくきれいな女性!」と驚いたというエピソードも残っており、夫婦の深い結びつきは周囲の誰もが認めるものでした。

大関4人衆(北天佑・若嶋津・琴風・朝潮)の家族ぐるみの絆

昭和の土俵を盛り上げた北天佑、琴風、若嶋津、朝潮の「大関4人衆」は、リングを離れても非常に親交が深いことで知られていました。子どもたちが幼かった頃は、4家族が揃って食事会や旅行に出かけるのが恒例行事となっていました。

バスを貸し切って草津温泉へ出かけたり、台風の直撃で初島旅行が急きょ中止になった際には電車を乗り継いで千葉県内の温泉へと向かったりと、数々の思い出が共有されました。カラオケ大会が始まれば、最年少の末っ子ポジションだった有希奈さんがダンスで場を大いに盛り上げ、家族全員が笑顔に包まれる温かな時間が流れていました。

月日が流れ、子どもたちが海外留学などで一時的に離ればなれになる時期もありましたが、若嶋津の娘であるアイリさんが20歳の頃、再び子どもたちが帰国。大人に成長した琴風の長女と長男がパソコンを駆使して昔の写真を持ち寄り、親である大関夫妻たちを招いてサプライズの上映会を開催しました。その上映会では、亡き北天佑の思い出がよみがえり、妻の栄美が涙でDVDの画面が見えなくなるほど号泣するなど、時代を超えても変わらない深い絆が家族の間で守られ続けました。

次女・有希奈さんと貴景勝の結婚秘話と因縁の系譜

北天佑の血筋と大関の系譜は、次女・有希奈さんと大関・貴景勝(のちの幕内優勝4回を誇る名力士)の結婚によって、新たな歴史を刻むことになります。2020年2月に放送されたバラエティ番組『ジャンクSPORTS』での共演をきっかけに距離が縮まり、有希奈さんはすでに所属事務所を退社して貴景勝のサポートに専念する決意を固めていました。

そして2020年8月30日、大関・貴景勝との婚約が正式に発表されました。同年11月場所で見事な優勝を果たした貴景勝は、一夜明け会見の中で「場所前の入籍」を明るく明かしています。

この結婚に際して、10代三保ヶ関を継いだ増位山大志郎は、「うちのおやじ(9代三保ヶ関)は『北天佑を横綱にできなかったことが一番の悔いだ』と言って死んだ。その北天佑の娘さんが貴景勝と間柄になって、これも因縁だと思う」と感慨深く語っています。かつて北天佑自身が「大関の娘と結婚する相手の男性はきっとプレッシャーでしかないだろう」と将来を案じていた言葉とは裏腹に、相撲界の伝統と絆が形を変えて受け継がれる感動的な展開となりました。

【北天佑勝彦】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:北天佑勝彦の現役時代の最高位は何ですか?
A1:最高位は「東大関」です。現役時代は幕内優勝を4回果たすなど、昭和の大相撲においてトップクラスの強豪力士として活躍しました。

Q2:北天佑勝彦と大関・貴景勝にはどのような関係がありますか?
A2:北天佑の次女である有希奈さんが、2020年に大関・貴景勝と結婚したため、北天佑は貴景勝の義理の父親(妻の父親)にあたります。

Q3:北天佑の現役時代の得意手や人柄の特徴は何ですか?
A3:突き、押し、右四つ、左褌、吊り、寄り、投げと非常に多彩な技を武器にしていました。また、端整なマスクで女性人気が高かった一方、私生活や部屋の指導においては掃除や礼儀に一切妥協しない厳格な一面と、家族を深く愛する温かい人柄の持ち主でした。

北天佑勝彦は、端整なルックスと圧倒的な相撲センスで昭和の土俵を駆け抜け、多くのファンや弟子たちに愛された伝説の元大関です。掃除に対する徹底した妥協のなさ、妻・栄美さんへの変わらぬ愛情、そして「大関4人衆」の家族ぐるみの温かな交流は、世代を超えて人々の心に残り続けています。

その誇り高い遺伝子と絆は、次女・有希奈さんと貴景勝の結婚という形で現代へと見事に結実しました。角界に刻まれた北天佑の足跡は、単なるスポーツの記録にとどまらず、家族の絆と真摯な生き様の美しさを今なお私たちに教えてくれています。

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鳴海 莉子

スポーツ担当として7年以上の取材経験。sports領域の公式発表・配信元の告知を一次情報として確認し、確認できない情報は記事に含めない方針です。

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