日本相撲界において、数々の大記録を打ち立て、現役引退後も指導者として新たな道を切り拓いている元関脇・安美錦竜児。青森県西津軽郡深浦町出身の彼は、独自の相撲センスと抜群の相撲勘でファンを魅了し続けました。インターネット上では親しみを込めて「あみたん」と呼ばれるなど、角界屈指の人気を誇った力士です。
本記事では、公式百科事典や信頼できる報道データに基づき、安美錦竜児の輝かしい現役時代の戦績、前人未到の最年長再入幕の偉業、引退後に安治川部屋を興した現在の活動、そして妻や子供たちとの知られざる温かい家族のエピソードまで、そのリアルな実態を分かりやすく紐解いていきます。
元関脇・安美錦竜児のプロフィールと現役時代の輝かしい戦績

安美錦 竜児(あみにしき りゅうじ、1978年10月3日生まれ)は、青森県西津軽郡深浦町出身。本名は杉野森竜児で、入門時は安治川部屋、のちに伊勢ヶ濱部屋に所属していました。現役時代からネット上では「あみたん」の愛称で親しまれ、多くの相撲ファンに愛され続けてきた存在です。
日本相撲協会公式サイト等の公式データによると、その生涯戦歴は907勝908敗55休(135場所)、幕内戦歴は678勝730敗47休(97場所)という膨大なキャリアを誇ります。得意技は右四つからの寄り、出し投げなどで、力強さだけでなく独特の間合いをとり変化も交える巧みな相撲が代名詞でした。いつも微妙な取組によって行司が軍配を上げにくい相撲をとることから、「行司泣かせ」という異名でも知られていました。
また、数々の金星(横綱からの勝利)を8個獲得し、三賞も12回受賞するなど、長きにわたって幕内の第一線で活躍し続けたその実力は、日本相撲界の歴史に深く刻まれています。
昭和以降最年長!39歳での奇跡の「再入幕」と不屈の執念
安美錦のキャリアにおいて、多くのファンや関係者に強烈な感動を与えた最大のトピックの一つが、2017年11月場所における最年長再入幕の偉業です。当時39歳0ヶ月を迎えていた彼は、西前頭13枚目で8場所ぶりとなる幕内復帰を果たし、土佐ノ海が保持していた38歳6ヶ月の記録を更新。昭和以降における最年長再入幕の金字塔を打ち立てました。
当時の報道によると、最年長再入幕を達成した際、本人は「3人目の子供が相撲をわかるまで取れたらいいなと…。そこまで、いったいいくつになっちゃうんだろう」と笑顔を見せていました。幕内復帰によって、当時横綱だった日馬富士の露払いを久々に務めることとなり、11月場所では初日から5連勝と素晴らしい滑り出しを見せます。
中盤以降は負けが込んだものの、千秋楽に執念の勝ち越しを決め、8勝7敗で新入幕だった2000年7月場所以来となる103場所ぶり2度目の敢闘賞を受賞しました。この敢闘賞は、入院中の二所ノ関審判部長の代理を務めていた師匠の伊勢ヶ濱親方が、「この年齢でよく頑張った」という理由で自ら候補に名を挙げ、過半数の賛成を得て決定したものでした。幕内での勝ち越しは2015年11月場所以来2年ぶりであり、千秋楽の取組後には歓喜の涙を流しました。
| 時期・場所 | 出来事・記録 | 主な実績・詳細 |
|---|---|---|
| 1997年 - 2000年 | 初土俵から幕内昇進 | 安治川部屋(現・伊勢ヶ濱部屋)に入門し、2000年7月場所で新入幕を果たす。 |
| 2007年9月 - 2008年1月 | 最高位「東関脇」に到達 | 卓越した相撲センスと巧みな技で角界の要となり、最高位である東関脇を維持。 |
| 2017年11月場所 | 昭和以降最年長再入幕(39歳0ヶ月) | 土佐ノ海の記録を更新。初日から5連勝を飾り、103場所ぶり2度目の敢闘賞を受賞。 |
| 引退後 | 年寄・安治川としての歩み | 現役引退後は年寄を襲名し、自身の部屋である「安治川部屋」を創設して後進の指導にあたる。 |
大怪我を乗り越えて:妻・絵莉の献身的な支えと家族の絆
度重なる怪我、特にアキレス腱断裂といった大怪我を抱えながらも長く現役を続けられた背景には、妻・絵莉さんの温かく献身的な支えがありました。公式情報や関係者の証言によると、2人は2012年12月の日馬富士横綱昇進祝賀会で後援者から紹介されたことをきっかけに出会いました。
安美錦は絵莉さんと初めて会ったその瞬間に「この人と結婚する」と直感し、猛アタックを開始。2013年1月場所後にプロポーズを行い、2月には婚約発表、4月に入籍、6月に結婚披露宴、10月に第1子誕生と、初対面から1年足らずの間に人生が大きく動き出しました。結婚当初、絵莉さんは料理の経験がほとんどなく、相撲界のことも何も知らない状態でしたが、料理の猛勉強をして資格を取得。伊勢ヶ濱部屋の女将に相撲の世界を一から教わり、満身創痍だった夫を公私両面で支え抜きました。
夫妻の間には3人の子供(第1子、第2子が女、第3子が男)が誕生しています。アキレス腱断裂の怪我でふさぎ込んでいた時期には、妻に勧められてザ・ブルーハーツの『情熱の薔薇』を聴いて心を奮い立たせたというエピソードも伝えられています。また、若い頃は偏った食生活を送っていたものの、結婚を機に食生活が大きく改善されたことも、長寿力士として活躍できた大きな要因となりました。2017年の夏巡業中には、巡業のために子供たちと夏休みに海へ連れて行ってやれない申し訳なさから、生まれたばかりの第3子の長男と寝ながら海の夢を見る絵日記を描くなど、家族を深く愛する良き父親の一面も垣間見せています。
引退後の新たな挑戦:安治川部屋での指導と現在の活動
現役引退を経て、現在は年寄・安治川として後進の育成に全力を注いでいる安美錦。かつて自身が入門したゆかりのある名跡を受け継ぎ、独立して「安治川部屋」を興しました。妻である絵莉さんも女将として部屋を支え、相撲界の伝統を守りながら新しい世代の力士たちを温かく見守っています。
ブログ等のオフィシャルな情報発信や日々の活動からは、現役時代と変わらない相撲に対する真摯な姿勢や、周囲の人々・差し入れに対する感謝の気持ちが丁寧に綴られています。指導者としての視点は、自身が長年培ってきた「相手の逆をつく巧みな相撲技術」や「怪我を抱えながらも長く第一線で戦い抜くためのコンディショニング」など、若手力士にとってかけがえのない財産となっています。
角界の第一線で泥臭く、そして賢明に生き抜いてきた彼の哲学は、これからの安治川部屋から巣立つ新しい力士たちへと確実に受け継がれており、今後の相撲界の発展においても大きな期待が寄せられています。
【安美錦竜児】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:安美錦竜児の最高位は何ですか?
A1:最高位は東関脇です(2007年9月場所 - 2008年1月場所)。卓越した技術と頭脳的な相撲で上位陣を苦しめました。
Q2:最年長再入幕の記録はいつ、何歳で達成されましたか?
A2:2017年11月場所において、39歳0ヶ月で達成しました。土佐ノ海の記録を更新する昭和以降最年長の快挙であり、同場所では見事に勝ち越して敢闘賞を受賞しました。
Q3:引退後の現在の活動はどうなっていますか?
A3:日本相撲協会の年寄・安治川として「安治川部屋」を創設し、親方として後進の指導にあたっています。妻・絵莉さんも女将として部屋を支えています。
元関脇・安美錦竜児のキャリアは、単なる勝敗の数字だけでは語り尽くせない、大いなる執念と知恵、そして周囲の支えに満ちたドラマそのものです。大怪我や年齢という絶え間ない壁にぶつかりながらも、工夫と情熱でそれを乗り越え、昭和以降最年長再入幕の偉業を成し遂げた姿は、多くの人々に勇気を与えてきました。
家庭では良き夫、良き父親として家族に深い愛情を注ぎ、現在は安治川部屋の親方として次世代の育成に情熱を傾ける安美錦竜児。現役時代から変わらない相撲への純粋な愛と、培ってきた確かな経験は、これからも日本の国技である大相撲の舞台において、新しい歴史を紡ぎ続けていくことでしょう。